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たまてぼっくす

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オペラグラス忘れた@歌舞伎座三月第三部

今月は今週から、という追加買い封じな観劇。しかも全部三階ってすごいかも自分。
で、席を選んだら菅原伝授は後ろから戻っていく…まあ初めての通しじゃないし。

あわてて家を出たらほうおうとオペラグラスを忘れてきてしまった。ほうおうは筋書きの百円の損。オペラグラスは借りようかと思ったけど、これも肉眼で歌舞伎座を満喫するゲームかも、と思って顔がぼんやりしたまま見てきた。仁左さまの顔があっとは時々思ったけど、あとは視点を変えて気が散らない分、逆に濃厚な歌舞伎の風味を味わえたような気がする。(とか負け惜しみですかね。)

今検索してたんだけど、どうも私が歌舞伎を見始めたのは92年の二月からのような気がする(二月で、演目の一つが三人吉三だったのしか覚えてないふと見たら三階席が安いので買って、その後可能な限り毎月歌舞伎座に通う的な)。でも13代目の菅丞相を見たような気がしてたのはテレビかな。あーそうか、テレビで見たのにすごいインパクトで見たような気になってたんだ。

今日見た仁左衛門(15代目、であります)の菅丞相は京都の高貴な人って感じがした(生身のとき)木像のときは動きがロボットみたいなんだけど全然可笑しくない(笑いもなし。今日の客席は襲名披露の初日とかそんな感じで張り詰めてていい感じだった。)
一番印象的だったのが秀太郎さんの立田の前で、すごくかわいくて哀れだった。(あんな夫でも愛してるのね)第一人者だもんね。
覚寿の玉三郎は、立ち役を含めあんな男っぽい玉さまを見たのは初めて、って思った。気丈な老女の役なんだけど、娘のかたき討ちのとき怖くって。でも変だとは思わなかった。
苅屋姫がすごくかわいく見えたのは肉眼効果だと思う。^^;

あーもう一回見たい。

石橋は、すごいものを見たな、って感じ。歌舞伎の懐の深さと芸道のすごさとか。
天王寺屋大好き。




第三部


  菅原伝授手習鑑
一、道明寺(どうみょうじ)
 藤原時平の讒言で、筑紫の大宰府に流罪となった菅丞相(仁左衛門)。船出を待つ間に立ち寄った伯母の覚寿(玉三郎)の館に、丞相の養女で覚寿の実の娘の苅屋姫(孝太郎)が匿われています。姉の立田の前(秀太郎)は、丞相と苅屋姫親子を対面させようとしますが、覚寿は丞相失脚の原因となった苅屋姫を杖で打ちすえます。その時丞相の声が折檻を留めますが、そこに丞相の姿はなく、丞相自らが彫った丞相の木像があるばかり。
 一方、時平の意を受けた立田の前の夫、宿禰太郎(彌十郎)とその父、土師兵衛(歌六)は、丞相出立の合図である一番鶏を鳴かせて贋の迎い弥藤次(市蔵)を遣わし、丞相を暗殺させようと謀ります。更に、それを知られた立田の前を殺害して、奴宅内(錦之助)を犯人に仕立上げますが、覚寿がその真相を見抜きます。そこへ丞相を護送する判官代輝国(我當)が入来します。不審に思う覚寿でしたが、先程出立した筈の丞相が館の内より現れたのでした。
 十三代目片岡仁左衛門十七回忌と十四代目守田勘弥三十七回忌の追善狂言として、菅丞相を当代仁左衛門が、覚寿を玉三郎が演じ、二人の名優を偲ぶ重厚な一幕です。


  文珠菩薩花石橋
二、石橋(しゃっきょう)
 宋の時代、寂昭法師(幸四郎)が中国の清涼山に至り、石橋の目前で、樵人(富十郎)と童子(鷹之資)に出会います。二人が石橋の由来を詳しく語るので、寂昭法師が何者か尋ねると、樵人は自分は文珠菩薩の遣いの獅子の精であり、童子は自らが文珠菩薩であると言って姿を消します。そこへやってきた諸国廻行の修験者(錦之助)が近くに住む男某(松緑)に呼び止められ、石橋の奇瑞について話していると俄かに山々が鳴動するので逃げだします。やがて文珠菩薩(鷹之資)と獅子の精(富十郎)が厳かにその姿を顕します。咲き誇る牡丹の花に舞い戯れた獅子は、やがて獅子の座へと戻るのでした。能「石橋」をもとにした荘重な舞踊劇をご覧いただきます。
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by urasimaru | 2010-03-23 00:39 | 歌舞伎 みた | Comments(0)
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