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たまてぼっくす

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国語元年/井上ひさし

内容(「BOOK」データベースより)
「共通口語」を発明せよ。明治七年、文部官僚・南郷清之輔は「全国統一話言葉」制定を命じられ、まず家中から口語の統一をこころみる。しかし南郷家はお国言葉の坩堝。清之輔は長州弁、妻と舅は薩摩弁、使用人たちは遠野弁に津軽弁、江戸武家言葉に町言葉。単語のちがい、異なる発声。屋敷中は大混乱に…言語と近代国家の奇妙な緊張関係を、ユーモラスに描いたテレビ版戯曲、文庫。(Amazon)

虎三郎「言葉ヅモノワナ、人が生ぎでエグ時ニ、無クテワナンネー宝物ダべエ。理屈コネデ学問シルニモ言葉ガ無グテワワガンネ。人ど相談打つのも言葉ダ。商いシルのも言葉ダ。人を恋シル時、人と仲良くシル時、人をはげますとき、人がらはげまされッ時、いつでも言葉が要ル。人は言葉が無くては生きられない。そんなに大事な言葉を、自分一人の考えで勝手に売ッ払ッていいど思って居ンノガ。そんな馬鹿なゴドはあるもんでない。」

NHKのドラマでこの役は佐藤慶。他も味のある配役ですが、山の手言葉の女中頭が山岡久乃というのが、もう読んでいて頭に映像が出る出る。
ほとんどの台詞に会津弁などの発音がルビでついているので、普通の本よりも読むのに時間がかかりました。(^^;

でも、そのルビを読まないと本当に読んだ事にならないと思いました。
言葉は、書き言葉と話し言葉とがありますよね。
書き言葉は視角、話し言葉は聴覚で入ってきます。
あと、話す時はクチやノドを動かす運動をしています。
脳の使っている場所が違うので、同じ表現でも「使っている自分」が違うんです。

人と話をしない時間が長いと、いくらメールやチャットをしていても自分の中で完結している感じがするでしょう?
多分方言でしゃべる時と、標準語で話すときとで、同じ人でも人格が微妙に違うのではないでしょうか。

こまつ座でお芝居になっていますが、(まだ)見ていません。最近歌舞伎で手一杯で。。。
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by urasimaru | 2005-06-04 16:38 | | Comments(0)
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