ブログトップ

たまてぼっくす

tamabebox.exblog.jp

歌舞伎座三月夜の部メモ

起きて見てたけどなんか入れなかった感。スケジュールが自分的にはハードだったからかなー。
團十郎を歌舞伎座で見られて良かった。

仙石屋敷、国立では寝ていたらしい。でも大石親子の別れは見覚えがあるからそこで起きたらしい。
セリフ、すごい。
作法ってそんないろいろあるんだー。

大石最後の一日
うー、おみのグラマーすぎかも。なんか前は一応納得してたはずだけど、今回はどういう理屈なのかさっぱりわからんかった。しかし切ない話だなあ。
e0043465_10543831.jpg





南部坂雪の別れ(なんぶざかゆきのわかれ)
 大石内蔵助(團十郎)は、仇討ちのために江戸へ出立しましたが脱落する者も多く、堀部弥兵衛(家橘)たちは、これを憂慮しています。
 一方、内匠頭の未亡人瑤泉院の住む屋敷では、落合与右衛門(東蔵)を始め、腰元のおうめ(芝雀)や夜雨(高麗蔵)、みゆき(宗之助)たちが、内蔵助の動向を噂しています。ここへ内蔵助が入来し、瑤泉院(芝翫)と対面しますが、内蔵助はその真意を明かさないので、瑤泉院は怒って座を立ってしまいます。そして内蔵助は、和歌を認めた冊子を与右衛門に託すのでした。
 内蔵助が門から出ると、羽倉斎宮(我當)が通りかかり、いつまでも仇討ちをしない内蔵助を批難して立ち去って行きます。そこへ冊子の中身から内蔵助の真意を悟った瑤泉院が現れ、先ほどの非礼を詫びます。こうして内蔵助は、寺坂吉右衛門(松江)と共に雪の南部坂から去って行きます。
 決意を胸に秘めた内蔵助と瑤泉院の心の交流を描いた名舞台をお楽しみ下さい。

仙石屋敷(せんごくやしき)
 本懐を遂げた大石内蔵助(仁左衛門)は、吉田忠左衛門(彌十郎)、磯貝十郎左衛門(染五郎)に口上書を持たせて、仙石伯耆守の屋敷へ向かわせ、用人の桑名武右衛門(錦吾)に手渡します。まもなく仙石伯耆守(梅玉)が現れると、忠左衛門たちに仇討ちの仔細を尋ね、聞き取り書きを記すと、幕閣にこれを知らすべく登城します。
 その日の夜、仙石屋敷に内蔵助を始めとした赤穂浪士(家橘・右之助・高麗蔵・市蔵・男女蔵・亀鶴・巳之助)が集い、伯耆守や鈴木源五右衛門(由次郎)の尋問に答えていきます。やがて浪士たちは諸家へお預けとなり、伯耆守は内蔵助の働きを褒め称えて、これを見送るのでした。
 仙石伯耆守の詰め開きから、思慮深い内蔵助の姿を描き出す名篇です。

大石最後の一日(おおいしさいごのいちにち)
 細川家にお預けとなった大石内蔵助(幸四郎)は、その厚遇を他の浪士(家橘・彌十郎・男女蔵)たちと感じ入っています。おりしも細川内記(米吉)が内蔵助との対面を望み、その言葉に感銘を受けます。
 やがて浪士たちの世話をする堀内伝右衛門(歌六)が、内蔵助におみの(福助)という娘を引き合わせます。実はおみのは、磯貝十郎左衛門(染五郎)と二世の約束を交わしており、十郎左衛門の心を確かめにやって来たのでした。そしておみのは、十郎左衛門がおみのの琴の爪を肌身離さず持っていることを知り、喜びにうち震えます。
 そこへ上使として荒木十左衛門(東蔵)、久永内記(桂三)が入来し、赤穂浪士に切腹の沙汰が下ったことを伝えます。かくして諸士たちを見送った内蔵助は、満足気に切腹の場所へと向かいます。
 初一念を貫く内蔵助の姿と、十郎左衛門とおみのの恋がその見どころで、真山青果の大作の掉尾を飾るにふさわしい一幕を上演します。
[PR]
by urasimaru | 2009-03-25 10:57 | 歌舞伎 みた | Comments(0)
<< ロンドンの十二夜関係記事「タイ... 歌舞伎座、せめてファサード保存... >>