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カテゴリ:2006海老蔵藤娘関係( 20 )

蝶々さんの遠い叫び/イブニングスタンダードの評判;ロンドン公演劇評翻訳ラスト

*そうか、そんなことまでエキゾチックなのか!と思うとともに、そのバリアを超越して伝わるものはある、という劇評です。これで「藤娘まつり」〜「海外公演祭り」は終了にします(苦笑)。*

マダムバタフライとミカドは日本人ヒロインに対する私たちの観念を非常に歪曲し、彼女らがきれいに涙したり、辛抱強く待つ以外のことをすると、驚きをもたらす程になりました。
今回の歌舞伎の登場人物たちは、酔っぱらったり、セックスしたり、両親の執念深い幽霊にとりつかたり髪の毛を振り乱して罵り、激怒し、鎌を妊娠している腹に突入させます。
少なくとも、長い伝統を持つ日本の舞踊劇、歌舞伎ではそうです。そして、私たちにプッチーニやギルバート&サリバンよありもはるかに生々しく力強い感情を引き越します。
しかし、これらの感情は奇妙に人形のようなスタイルで伝えられます。磁器の様な化粧と飾り立てた服装で、俳優は個性を失って見え、身体言語や音楽は全くわかりません。それでもこの歌舞伎公演は、 蠱惑的な印象(藤娘)、血まみれの感情(かさね)を浮き彫りにしました。
ソロの藤娘では、有名な歌舞伎俳優十一代目市川海老蔵は恋に悩み、酒に酔います。甘くも印象的に、からませられた藤と松の木の思わせ振りの背景に官能的なイメージを喚起します。

「かさね」では、海老蔵は若いヒロイン二代目市川亀治郎と共に、侍とは思えない悪人、与右衛門としてふたたび登場します。これは因果応報の物語です。
かさねは与右衛門を愛しています。彼も彼女を好きかもしれませんが、何年も前に、彼は、彼女の継父を殺して、彼女の母親を犯しました。彼はかさねの父でさえあるかもしれません。
亀治郎は取り乱したかさねを、海老蔵は道を踏み外した男を力強く演じます。
歌舞伎は西洋演劇とすべてが異なっています。パントマイムから、舞台の上の歌手(義太夫)が彼らのソングブックを逆にめくることまで(訳注;洋書と和書のめくり方の違いって、結構カルチャーショックらしい。)。その歌声は絞め殺された猫のように高いピッチが裏声です。

しかしながら、演出上の様式化された奇妙さは私たちの認識を揺らがせます。そして、堅苦しく見える表現の下で、感情的な苦痛は私たち自身のものとなります。



Far cry from Butterfly
Reviewed by Sarah Frater, Evening Standard (2 June 2006)

Kabuki (Fuji Musume/Kasane)

Dir: With Ebizo XI
Madam Butterfly and The Mikado have so skewed our view of Japanese heroines that it's a surprise to learn that they don't only weep prettily and wait patiently.
Instead they get drunk, have sex, become possessed by the vengeful ghosts of dead parents, mat their hair, rage and rail, and have sickles plunged into their pregnant bellies.
At least they do in Kabuki, the supertraditional Japanese dance-theatre that gives us much rawer, more robust emotions than you get from Puccini, let alone Gilbert and Sullivan.
Paradoxically, these emotions are conveyed in a strangely doll-like style. In porcelain make-up and ornate costumes, the actors are anonymous, while the gestural language is a mystery and the music tonally alien. And yet at Sadler's Wells, the Kabuki double bill cut an erotic dash, and then to a bloody emotional chase.
In the solo Fuji Musume (The Wisteria Maiden) the renowned Kabuki actor Ebizo Ichikawa XI is a love-struck lush. Sweet but impressionable, he evokes her sensual imaginings against a suggestive backdrop of an entwined wisteria and pine tree.
In Kasane, Ebizo returns as the dishonoured Samurai Yoemon, with Kamejiro Ichikawa II as the young heroine. This is a taught morality tale about how the sins of the father are not so much visited on the son, as the plight of the parent blighting the child.
Kasane loves Yoemon, and he may love her back, but years earlier he killed her step-father, ravaged her mother, and may even be her natural father.
Kasane is powerfully performed, with Kamejiro a convincingly distraught heroine, and Ebizo a man on the moral skids.
Everything about Kabuki is different, from the mime to the way the on-stage singers turn their song books "backwards" from right to left. Many will find their high-pitch falsetto like strangled cats.
However, the stylistic strangeness nudges our recognition. Beneath the starched formality, the emotional torment is our own.

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by urasimaru | 2006-06-29 15:04 | 2006海老蔵藤娘関係 | Comments(0)

過去の異物/歌舞伎ロンドン公演、テレグラフの評判

*素人ですが、六月後半はロンドン公演の批評をいくつか訳しました。興味のある人は前に戻って探して下さい。原文のリストはこちらから頂きました。
今回の記事はかなり皮肉っぽいですが、そういう意見も記録しておいた方がいいと思いました。でもやっぱり力ははいらないので、さぼってます(いつもだけど)。
「異物」は意訳のつもりです。*



サドラーズウェルズの歌舞伎の二幕公演に、豊かで未知のものがある事はたしかです。しかし、それが、楽しめるかというのは、別の問題です。

エキゾチックな外国の訪問者にとって、自分のいる島に礼式上必要な歓声と総立ちの喝采で迎えられましたが、全体の晩は楽しませるよりむしろ、あからさまに言えば変であると私に感じました、ある種のアンチクライマックス。

歌舞伎はおよそ400年間の歴史を持っていますが、今、過去に完全に化石のように思えます。 私は、東京のこの芸術形式のための普通の聴衆がたとえば、チチェスター祭Theatreの年配の群衆をクールな若いクラブのメンバーに似させると推測します。(?)

しかし、現在、歌舞伎には新星、28歳の市川海老蔵XIがいます。

歌舞伎以外の役割における映画やテレビ出演のおかげでは、彼は、若者にとても人気があり、日本では、ベッカム夫妻と同じくらい有名です。 彼がこの古代芸術フォームに新しい若い聴衆を連れて来るという望みは高いです。 しかし、私個人としてはその成功を確信できません。

私は、若いラドルフ・ヌレエフやジギースターダスト時代のデヴィッド・ボウイの様にセンセーショナルにカリスマ的な才能を予想していました。

確かに彼には、強い存在感があり、しぐさは優雅ですが、パンケーキのように白い化粧をした男優のからは感銘を得られません。 その堅苦しさ故に、歌舞伎はまさに彼自身の個性を表現する機会をパフォーマーに与えません。

「藤娘」で、海老蔵は、驚くべきテクニカラーの様な着物で舞台を勤めます。 背景は紫色の藤の花のキッチュな暴動です。一連のダンスで、彼は、娘の悲しみや、熱意が冷えた恋人への後悔などを伝えようします。生き生きとしたというよりも、ミニマリズム的踊りは、はポロポロと鳴る3ストリングのバンジョーと、赤ん坊か猫のなき声のような悲しげな歌に伴われます。

イヤホンガイドの声は翻訳と論評の両方を提供します、そして、私たちが拍手喝采を指示をしさえします。 ムードが暗くなるとき、私たちは、「彼女は人生が虫の屍と同じくらい空であると感じます。」と学びます。 私は、可哀相な少女がどのように感じていたかを知っていたのに。

2幕目の「かさね」)は、より長くて、生き生きとしています。 ここでは、海老蔵は不名誉な侍を演じます。(彼はガールフレンドを妊娠させたばかりではなく、以前、彼女の母親と関係をもち、彼女の継父を殺害しています)。 美しい川岸で演じられる幽霊の憑依現象、鎌による殺人、じりじりするクライマックスは歌舞伎が愛すべき文化遺産というよりも、生々しいドラマに感じられ、忘れ難いものでした。

奇妙なことに、スター海老蔵が単にハンサムで不機嫌に見えただけの60分の大部分(彼はエンディングで悪霊に捕われたとき、いくつかの見事な仕草を見せます)。私は市川亀治郎の方が感動的で個性的な不幸な少女に見えました。

それでも、私の文化的チェックリストの中の、歌舞伎という項目チェックできたのはうれしいことでした。しかし、またみたいとはあまり思いません。

1Odd and ossified
(Filed: 02/06/2006)

Charles Spencer reviews Kabuki at Sadler's Wells

There's no doubt that there is something rich and strange about the double-bill of kabuki performances now on offer at Sadler's Wells, but whether they are rich, strange and enjoyable is another matter.


Though greeted with the cheers and standing ovation that are de rigueur for exotic foreign visitors to these shores, the whole evening struck me as odd rather than entertaining, and to be frank, something of an anti-climax.

Kabuki has a history stretching back about 400 years, but now seems to be entirely ossified in its past. I gather that the average audience for this art form in Tokyo makes the elderly crowds at, say, the Chichester Festival Theatre look like hip young clubbers.

But kabuki now has a new star, the 28-year-old Ebizo Ichikawa XI, who comes from a family line of kabuki artists that goes back three centuries and has been performing himself since infancy.

Thanks to film and TV appearances in non-kabuki roles, he is now huge and hip with the young, as famous in Japan as Posh and Becks are here. It's an appropriate analogy, since in kabuki he plays both male and female (onnagata) roles. Hopes are high that he will bring a new young audience to this ancient art form. Personally, I wouldn't put money on it.

I was expecting a sensationally charismatic talent, the Japanese equivalent of say the young Rudolf Nureyev or David Bowie in his Ziggy Stardust days.

In fact, though he has a strong stage presence and his movements are graceful, you don't get much sense of the man behind the white pancake make-up. With its rigid formality, kabuki doesn't exactly give a performer a chance to let rip and express his own personality.

In the first piece, Fuji Musume, he takes to the stage in an amazing Technicolor kimono as the wisteria maiden. The scenery is a kitsch riot of purple wisteria blossoms, and in a succession of dances, he tries to convey his female character's sorrow and regret over a lover whose ardour has cooled. The dance - though that suggests something rather livelier than the minimalist movements on offer - is accompanied by plinkety-plonk three-string banjos, and wailing singing that sounds like a cross between a crying baby and a mewing cat.

The voice coming over the headset audio guide provides both translation and commentary and at one point even supplies instructions as to when we should applaud. "Her life feels as empty as a dead insect's shell," we learn as the mood darkens. I knew just how the poor girl felt.

The second piece, Kasane, is a longer, livelier affair. This time Ebizo plays a dishonourable samurai, who hasn't only got his girlfriend pregnant, but has previously had an affair with her mother and murdered her stepfather. It's played on a beautiful riverbank setting, and features ghostly possession, murder with a sickle, and a climactic haunting, when for a few tantalising minutes kabuki seems more like living drama than a lovingly tended museum piece.

Oddly enough, I found Kamejiro Ichikawa II as the unhappy girl - all female roles are played by men in kabuki following sexual scandals in the 17th century - more touching and charismatic than the much hyped Ebizo. For most of the 60-minute piece the star has to do little more than look handsome and sullen, which undoubtedly comes naturally to him, though he does perform some spectacular moves at the end when he finds himself trapped by the malevolent spirit.

Nevertheless, kabuki is something I am grateful to have ticked off my cultural things-to-do list, but I certainly won't be returning in a hurry.

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by urasimaru | 2006-06-21 13:19 | 2006海老蔵藤娘関係 | Comments(0)

亀治郎の演技、文化の壁を超越/インデペンダントの評判

与右衛門が彼の恋人、かさねを斬ると、彼女は外側の着物の片肌を脱ぎ、腕と肩を見せます。下には白地に赤いカエデの葉が、血痕の様に見えるデザインになっています。
歌舞伎「かさね」は、高度に様式化された繊細かつ残虐な暴力の氾濫です。 殺人、容貌の変化、幽霊の憑依は、完璧な姿勢とシルクの着物とでステージ上に表現されます。

十一代目市川海老蔵は日本でとても有名ですが、共演者である二代目市川亀治郎の演技がこのプログラムの目玉です。

歌舞伎は芝居、音楽、およびダンスの混合物です。 1629年以来、すべての役割が男性によって果たされています。(その時、女優は風紀上の理由で禁止されました)。 女性役として、俳優は、裏声に話すか、または歌います; 男性役として、彼らは高い声と低いうなるような声を使います。 ドラマのクライマックスでは、専門のミュージシャンが俳優のために歌うこともあります。扇子が風景を描写し、 着物の袖はが枕やカップを暗示します。ぎっしり詰められたイメージは、博識なファンによってすべて認められます。(^^;;;えっ

西洋の観客にとって、動作の意味を理解するのははるかに難しいです。 同時通訳ヘッドホンが説明できる能力は限られています。「藤娘」の説明者の声は、歌詞が機智に富んだだじゃれでいっぱいであると説明します。 しかし、それはあなたを実際に笑わせないでしょう。 「かさね」社会背景に関する説明はドラマに入り込ませるまでにはいたりません。 そして、過去伏線は分かりにくいです。 「秘蔵の茶壷の紛失により罰せられた継父のことを思い出して下さい」はあ?

しかし、「かさね」は魅惑的です。 恋人達は、葦と紙の花が川のそばに生えている、非常に装飾的な夜の風景の中で会います。 川が分野を通って曲がりくねるのを示して、幕が引き落とされる夜明けになり、野原を蛇行する川が見えます。 人目をはばかる仲のかさね(亀治郎)と与右衛門(海老蔵)は、心中を計画しています。その時、鎌と墓標と共に頭蓋骨が流れてきます。

墓標を読んで、与右衛門は仰天します。 それは与右衛門が彼の妻を唆した後に殺した男性でした。 さらに、犠牲者はkasane
の実の父でした。 今、父の幽霊がかさねにとりつき彼女の目と足に傷があります。 与右衛門はぞっとして、彼女を殺そうとします。

戦いと死は、長く、気味悪く絵の様にで美しいです。足を怪我しているかさねは土手を滑りおちます。ひざまずいて観客に背を向け、うしろにのけぞります。この一連の動作を亀治郎大きくやわらかな流れる様な動きで見せます。次に、彼は、髷をの後ろをくずし、背中を伸ばして与右衛門を非難します。 女性を演じるために身体を殺していたのをやめ、真直ぐになりながら、大きくなります。観客からは身長が伸びているように思えます。

亀治郎の動きの並はずれた流暢さはありませんが、海老蔵の与右衛門は力強いです。 足を高く蹴って逃げながら、どんどん加速します。 クレッシェンドは全く滑らかであるというわけではありませんが、それは衝撃を与えます。彼は大きな力強いジェスチャーでこの役をきっぱりと演じます。
「藤娘」はそれほど説得力がありません。 彼は慎重に控え目です、そして、運動は正確です、そして、上品に首と肩を動かします。 しかし、イメージは生き生きとするようになりません。

「かさね」だけが文化の壁を超えました。

星三つ
  
Independent 
Fuji Musume / Kasane, Sadler's Wells, London
By Zo Anderson
Published: 02 June 2006

When Yoemon stabs his lover Kasane, she pulls down the sleeve of her outer kimono, showing the arm and shoulder of a second silk robe. The white fabric is patterned with red maple leaves, a design like a thick splatter of blood.

The Kabuki play Kasane is a welter of highly stylised violence, both delicate and gory. Murder, disfigurement and ghostly possession are put on stage in elaborate poses and fluttering silk. Part of a Kabuki double bill at Sadler's Wells, it stars Ebizo Ichikawa XI, a young actor from a performing dynasty that goes back to the late 17th century.

In Japan, Ebizo XI is a celebrity, acting in film and on television as well as on the Kabuki stage. He's credited with starting a Kabuki revival, bringing a young audience to an ancient art form. In this programme, however, the finest moments come from his co-star, Kamejiro Ichikawa II.

Kabuki is a mixture of acting, music and dance. Since 1629, when actresses were banned Japan in an attempt to clean up stage morals, all Kabuki roles have been played by men. As women, the actors speak or sing in falsetto voices; as men, they mix high and growlingly low notes. At moments of high drama, the musicians sing for the actors, who are free to express their emotions in dance, in grand poses and intricate gestures. A fan will outline a landscape, a sleeve suggest a pillow or a cup. Images are packed quickly together, but are all recognised by knowledgeable fans.

For a Western audience, following the action is much tougher. Headsets with simultaneous translation can go only so far. The voiceover for the other show, Fuji Musume (The Wisteria Maiden), explains that the accompanying song is full of witty puns: a useful footnote, but it won't actually make you laugh. Explanations of Kasane's contemporary social detail don't actually draw you into the plot. And it's hard to get past lines such as: "Remember your adopted father, now being punished for the loss of a treasured tea canister."

Yet Kasane is gripping. The lovers meet at night, in a highly decorative landscape, with reeds and paper flowers growing by a river. Dawn arrives with the fall of a curtain, showing the river winding through fields. Kasane (Kamejiro II) and Yoemon (Ebizo XI), unable to love each other openly, plan to kill themselves. Then a skull floats down the stream, with a sickle and a grave-marker.

Yoemon recoils when he reads the marker: this was a man he killed, after having seduced his wife. Worse, the victim was Kasane's natural father. The dead man's ghost now possesses Kasane, the wounds of his eye and leg appearing on her body. In horror, Yoemon tries to kill her.

The fight and death are long, gruesome and pictorially beautiful. Wounded, Kasane slides down a bank, landing on her knees with her back to the audience, falling back into a despairing back-bend. Kamejiro II builds this into a single, sweeping step, the movement huge and soft. Then, as Kasane reproaching Yoemon, he loosens his hair and pulls himself upright. Having held his shoulders and torso in a feminine droop, Kamejiro now allows his body to relax and straighten, taking up more space as he rises. The vengeful Kasane seems to grow taller as we watch.

Ebizo Ichikawa XI is a forceful Yoemon, though he lacks Kamejiro's extraordinary flow of movement. Making his escape, Yoemon runs in a high-kicking stamp, faster and faster. The crescendo isn't quite smooth, but it makes an impact. The role is played emphatically , with broad, strong gestures.
Ebizo XI is less persuasive as the Wisteria Maiden of Fuji Musume. He's carefully demure, his movements are exact, and he moves his neck and shoulders elegantly in swaying turns. But the images don't become vivid.

It's only with Kasane that this performance crosses the cultural barriers.


えっと、趣味でやってるだけなので、鷹揚に御見物ください。
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by urasimaru | 2006-06-16 14:25 | 2006海老蔵藤娘関係 | Comments(2)

イヤホンガイドの勧め/ブルームバーグの評判(手抜き直訳調)

梨園の新星十一代目市川海老蔵(28)、ロンドンデビュー

欧米の演劇と異なり、歌舞伎は外国の影響を受けずに発達しました。
歌舞伎の世界に入って、その愛、憎しみ、悲しみ、喜びを経験するためには、一連の約束事を理解しなければなりません。 下向きに垂れた手は「幽霊」を表しますが、その手が上向きねんごろな関係を意味します。
十一代目市川海老蔵は彼の家族の13番目の世代です。 彼がロンドンで演じる「かさね」の与右衛門役は1823年に七代目市川團十郎によって作成されました。荒事として知られる市川家のスタイルは、大げさで、強力で、様式化されていて、それ自身のヘアスタイルを持ちさえします。
しかし、海老蔵は、荒事の家の一員としての伝統を破り(想像を絶する異端)最初の演目で女形に挑戦します。
「藤娘」で彼は、木、藤の花、若い少女、流れる風になります。 彼の袖は時にボトルであり、時には赤ん坊です。扇子やふすまやカップに変わります。しかし、女形としてはまだ修行を必要とします。

「かさね」での海老蔵の悪い侍、また、ニ代目市川亀治郎(男性)の女形ははるかにしっくりきます。 対話、戦い、ダンス、歌、ミュージシャン、および超自然現象を含むこのプレーでは、海老蔵は「色悪」を演じます。妊娠している美しい愛人を捨てて、ついには殺害する悪い浪人です。。このストーリーは「タイタスアンドロニカス」より複雑で、同じくらい血まみれです。

最初のレベルでは、誰でも歌舞伎を楽しむ事ができます。 それは、驚くほど美しくて、事件でいっぱいです。しかし、より微妙なレベルで歌舞伎を楽しむためには、道路地図なしで進む事はできません。
あらゆるジェスチャーが複雑さ、堅苦しさ、伝統、および精度で染められます。 あらゆる単語が、だじゃれであり、初期の意味と完全に何か異なったものを意味することができます。 あらゆる動きが歴史の複写で深く埋められた感情か動作のシンボルであるかもしれません。
私はイヤホンガイドなしではそれらを理解する事ができなかったでしょう。 それは、音楽、歌詞、ドラマ、およびダンスの情報、翻訳、および解読を提供します。 東京の劇場の隣で成長しなかったなら、是非イヤホンガイドを使って下さい。 それは、俳優の名前や拍手のタイミングまでおしえてくれます。

Ebizo Ichikawa XI, Japanese Kabuki Star, Makes London Debut
(The opinions expressed do not necessarily reflect those of Bloomberg.)
By Ruth Leon
June 2 (Bloomberg) -- Ebizo Ichikawa XI, Japan's 28-year- old Kabuki star, makes his London debut in a series of Sadler's Wells performances that began this week.
Unlike European or U.S. theatrical forms, Kabuki has developed free of outside influences, achieving a purity and impenetrability unmatched in the developed world.
To enter into the magic and experience the loves, the hates, the sorrows and the joys of Kabuki, you must understand a series of codes and clues which only habituees can access. A hand turned downward says ``ghost'' to an initiate, but the same hand turned upwards means sexual intimacy.
Ebizo Ichikawa XI is the 13th generation of his family to be a Kabuki star. The role of Yoemon in ``Kasane,'' which he plays in London, was created in 1823 by Danjuro Ichikawa VII, in a style followed by all the subsequent members of his family known as ``aragota'' (wild style). This is bombastic, powerful, stylized and even has its own hairstyle.
For this engagement, Ebizo Ichikawa XI has broken with tradition -- an unimaginable heresy -- in order to play a female or ``onnagata'' role in one of the two plays. His first appearance is as ``The Wisteria Maiden,'' an introductory dance excerpt of a much longer work, in which he turns into many illustrations of the song lyrics which accompany him.
He becomes a tree, then the blossoms hanging from it, a young girl, a prevailing wind. His sleeve is a bottle, then a baby; a fan is a sliding door and then a cup. But his life as a maiden needs work.
Wicked Samurai
In ``Kasane,'' Kamejiro Ichikawa II, also male, is much more believable as a woman. In this play, which has dialogue, fights, dances, songs, musicians and supernatural retribution, Ebizo Ichikawa XI is a ``romantic scoundrel,'' a wicked, unemployed samurai who abandons, then murders his beautiful, pregnant mistress. There's much more to this plot -- it's more complicated than ``Titus Andronicus,'' and nearly as bloody.
On one level, Kabuki can be appreciated by anyone, aficionado or not. It is beautiful to look at, stunningly dressed, full of incident. On another, more subtle level, you can't read the players without a road map.
Every gesture is tinged with complexity, formality, tradition and precision. Every word can be a pun and mean something completely different from its initial meaning. Every movement can be a symbol of an emotion or action deeply buried in the repetitions of history.
I would have been lost without the indispensable commentary that accompanied the action by way of a little amplifier and earpiece. It provides information, translations and decoding of the finer points of music, lyrics, drama and dance. Do not refuse this unless you grew up next door to the theater in Tokyo. It even introduces the actors and tells you when to clap.


なんか翻訳って、牛肉を食べて自分の肉をつくるみたいだ。
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by urasimaru | 2006-06-15 15:58 | 2006海老蔵藤娘関係 | Comments(0)

人間国宝ヘの道は遠いけど星四つ/ファイナンシャルタイムズの評判

梨園の最も新しいスター、十一代目市川海老蔵(28)は17世紀後半までさかのぼる有名な市川宗家のメンバーです。 日本の若い観客に、アイドル歌手なみに人気がある彼が、サドラーズウェルズに登場し、自身の芸術的本質と品質を問いかけます。

最初の演目、藤娘で女形のソロダンスを演じます。恋の告白と拒絶のコントラスト、喜び、ほろ酔いなどの様子を繰り広げます。豪華なセットと衣装は歌舞伎の言語の一部です。

彼は確かに熟練し、丁寧に踊っていますが私が以前見た最高の女形、三代目中村鴈治郎(現坂田藤十郎;訳註)と比べると、この動き以外は考えられない動きの必然性と言う様な芸域には達していません(て新馬とG1馬をくらべる様なことを)
去年の秋、大英博物館の「大坂歌舞伎展」で三代目中村鴈治郎のが傾城と絶望的な状況の男と(演目がわからんと。しらべてたら30分も;;。早変わりとか?)役割の中の役割の中の役割は私が今までに見たことがある最高のダンスパフォーマンスの1つでした。
海老蔵の若さ(若々しい体格も)は、このように色々なイメージやスタイルを表現する洗練された演目には不似合いに思えました。

彼の本質は、ニ幕目の悲劇「かさね」に向いています。 彼は若いかさねをだまして、殺す浪人、与右衛門を演じます。以前に彼女の父を殺して、彼女の母親をだました因縁はくり返されます。
かさねに母の幽霊がのりうつり(面相が変わり、足をひきずっています)は、与右衛門へ復讐します。
残忍性と苦痛が舞踊と音楽によって素晴らしくコントロールされる、歌舞伎スタイルのドラマです。激しい感情がインクとなって、独特の筆致で情景やキャラクターが描かれます。、Kabukiスタイルの姿勢、ステップと動作の様式により、状況の真実性を剥ぎ落し、昇華させます。そして、海老蔵は彼の家の芸である荒事スタイルで、凶暴さ、罪悪、情慾を堂々と演じます。
ニ代目市川亀治郎は哀切さと恐ろしさを明快な解釈で演じ、ひけをとりません。音楽も素晴らしいです。 ★★★★☆


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Kabuki, Sadler's Wells, London
By Clement Crisp
Published: June 1 2006 18:18 | Last updated: June 1 2006 18:18

Ebizo Ichikawa XI is 28 years old, the newest star of Kabuki Theatre, member of a dynasty of illustrious actor/dancers that stretches back to the late 17th century. He is vastly popular with a young audience in Japan, much feted and accorded pop-idol status. He comes to Sadlerユs Wells trailing clouds of publicity, with a double bill in which we may assess something of the nature and quality of his artistry.

He appears first in the female (onnagata) role of the Wisteria Maiden, exploring the emotional range of a solo dance that reflects on the contrasting states of love expressed and rejected (and, delightfully, of tipsiness) in the gorgeous setting and costuming that are part of Kabukiユs language.

Ebizo is undeniably skilled, alert in manner, but I missed a quality of inevitability that suggests there is no other way the feelings and movements could be better expressed, which I have seen in performances by a supreme onnagata artist, Nakamura Ganjiro III. (His solo during the British Museumユs Kabuki exhibition last autumn, in which he played a travelling courtesan impersonating a man ミ a treble bluff, a role within a role within a role was one of the greatest dance performances I have ever seen.)

Ebizoユs youth, even his youthful physique, seem to me slightly at odds with the style of the piece, which is sophisticated and wide- ranging in imagery.

His identity was more clearly to be appreciated in the tragic Kasane, which forms the second half of the evening. He plays the masterless, murderous samurai Yoemon, who seduces and kills the young woman Kasane, thereby repeating history, since he had earlier killed her father and seduced her mother. The mother's ghost (limping, facially deformed) takes possession of her daughter and exacts revenge on Yoemon. It is a drama whose ferocity and anguish are marvellously controlled by Kabuki dance and music, by the calligraphy of style itself: intensity of feeling is the ink on the brush that shapes each ideogram, each character. In the poses of Kabuki style, in the formalities of step and action that strip away everything save the central truth of a situation, Ebizo makes a commanding figure fury, devious guilt, passion, all are there as exponent of his familyユs signature aragoto (メwildモ) style of performance.

No less remarkable the appearance of Kamejiro Ichikawa II as the tragic Kasane, an interpretation of extreme clarity and distinction, pitiable and terrifying. The musicians in these performances are exceptionally fine. ★★★★☆


難しかったのでかなりばっさり意訳
見る目の確かな人ですね^^;
山城屋さんが去年ロンドンに行ってたとは知らなかった。ダンスの見学料、数ポンドって、なんかすごく安かったよ?情報求む。
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by urasimaru | 2006-06-14 14:29 | 2006海老蔵藤娘関係 | Comments(6)

海老きれい、亀治郎に興奮、星四つ/タイムズの評判

The Times初日劇評
Donald Hutera

本文
著名な若い男性の俳優の芸歴が、藤の枝を持った少女や、執念深い腰元を含むというのは、日本だけかもしれません。しかし、これは 17世紀から続く男性がすべての役割を果たす歌舞伎では普通のことです。

十一代目市川海老蔵一座として、歌舞伎はサドラーズウェルズに戻ってきました(訳注;その前はガンジーの近松座)。 映画やテレビでも活躍する日本のスーパースター、海老蔵(28)は、今回少女と浪人の男女両方の姿でステージに立ちます。

海老蔵の短い舞踊、藤娘の大道具はすばらしいです。
暗闇で、三味線の音、木を打ち鳴らす音、哀愁を帯びた唄が劇場を支配します。
突然、照明がつき、舞台からはみ出した松の木に紫色の花がステージ全体に広がる光景に、感動が走ります。

豪華な花模様の着物に包まれた海老蔵は、この明るくて美しい光景の生きたセンターピースです。 彼の動作の細かい部分も歌舞伎の伝統により意味付けられており、それらをイヤホンガイドが説明しますが、役にたつ時と、気が散る場合があります。

海老蔵の控え目な所作は、非常に熟達していて魅惑的ですが、私自身が彼の女性らしさに感服しきったとは言い切れません。
充実した怪談「かさね」の悲劇的なタイトルロールとして海老蔵との共演者した亀治郎の場合は違います。
「かさね」は19世紀前半を舞台に、雨でずぶぬれの逃走中の恋人の間の絶望に悪化した関係を描きます。

海老蔵は色悪として強い印象を与えますが、この舞台の主役は亀治郎です。 悲しげな裏声で話して、海老蔵にすがり、かきくどく彼は、哀れなヒロインをみごとに演じています。非常に良くできたどろどろしたメロドラマは、直接私たちの感性に訴えかけ、身の毛のよだつ様な興奮を与えます。

First Night reviews

The TimesJune 02, 2006
Theatre
Kabuki
Donald Hutera at Sadler's Wells

Only in Japan, perhaps, could a prominent young male actor's career path include being cast as a wisteria-carrying maiden or a vengeful lady-in-waiting. But this is par for the course in kabuki, an art form stretching back to the 17th century in which men play all the roles.

Produced by the company Shochiku, and co-presented with the UK arts management agency Askonas Holt, kabuki is back onstage at Sadler's Wells for a brief season, headlined by Ebizo Ichikawa XI. Said to be a superstar in his home country, this dashing 28-year-old is as celebrated for his film and television appearances as his theatrical cross-dressing. In London he is showing his range as both a kimono-clad girl and a masterless samurai with a treacherous past and a doomed future.

The set-up for Ebizo's short solo Fuji Musume (The Wisteria Maiden) is brilliant. In darkness we hear the twang of the three-string shamisen, the clack of wood blocks and the plaintive vocals that will dominate the evening musically. Suddenly the lights come up, inducing delighted shock at the panoramic stage picture of a multitude of purple blossoms hanging off a cutout pine tree.

Ebizo is the living centrepiece of this bright and beautiful image, floating about in a gorgeous flowery kimono. According to the strict codes of kabuki tradition, the smallest details of his actions are laden with meaning. Some of these subtleties are explained via a helpful, yet distracting, headset audio guide.

Ebizoユs demure routine is highly adept and seductive, although Iユm not sure that I ever fully succumbed to the illusion of his femininity. This was not the case with Kamejiro Ichikawa II, his co-star and the pathetic titular character in the meaty ghost story Kasane. Dating from the early 19th century, it posits a relationship between rain-soaked lovers on the run that has deteriorated into despair.

Ebizo makes a strong impression as a handsome scoundrel with a horrible secret, but it is Kamejiro who steals the show. Speaking in a whiny falsetto as he weaves around Ebizo, he is a wonderfully pathetic heroine. Appealing directly to our baser instincts, this stylised pulp melodrama builds exceptionally well and carries a gruesome kick.


ひー。
見るべき所見てますね。
センターピースって言うと、宝飾品の中央のでっかい石、とか思います。

新蟋蟀日記さんで色んな劇評が紹介されています
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by urasimaru | 2006-06-13 10:53 | 2006海老蔵藤娘関係 | Comments(8)

Jホラー/メトロライフの評判

藤娘/かさね

若い歌舞伎会の星、十一代目市川海老蔵をロンドンのステージでみられるのは貴重な体験です。

今回の二つの演目は珍しい組み合わせです。
海老蔵は力強い演技スタイルである荒事を発明した家系に属します。

しかし、一幕目の藤娘で、彼はonnagata(女性)の役割を果たします。

このデリケートで、少しユーモラスな舞踊は、若い乙女の恋をする様子、裏切りによる傷心を見せます。 イヤホンガイドで、振り付けの意味やだじゃれなどの意味を知ることができます。 舞踊の後半、ほろ酔いになった娘を演じる様は驚異的です。 長唄アンサンブルとのコンビネーションにより、観客は幻惑され、サドラーウェルズは歌舞伎座になったかのようです。

しかし海老蔵が本領を発揮するのはさっそうとした悪党与右衛門を演じる、ニ幕目のかさねです。
彼の恋人(ニ代目市川亀治郎はすばらしいです)は自殺をしようと彼女を置き去りにした彼を追ってきます。そして、妊娠しているのを告白し、共に暮らして欲しいと懇願します。 しかし、悪因縁が彼女に祟り、容貌が一変します。与右衛門はかさねを殺しますが、彼女の執念を消し去る事はできません。

この演目は衝撃的です。 俳優の優雅な動きの組み合わせ、美しい静止姿勢とものすごい形相、この世のものとは思えない歌う様な科白廻しの組合せは、盛り上がる音楽と相まって、アジアの過激な Jホラーに匹敵するエンディングを迎えます。 本当に、感動的です。

Fuji Musume/Kasane
Siobhan Murphy - Friday, June 2, 2006
Fuji Musume/Kasane

Young kabuki star Ebizo Ichikawa XI enjoys heart-throb status in Japan and has single-handedly revived popular interest in this 400-year-old tradition. So the chance to see the man himself on stage in London is a real treat.

The two pieces he performs are also an unusual combination. Ebizo comes from an unbroken line of kabuki royalty that invented the aragoto (wild style) form of acting, which involves playing muscular fighting types.

This delicate, gently humorous dance piece shows a young maiden first in love and then broken-hearted by betrayal

But for the first performance, Fuji Musume, or The Wisteria Maiden, he plays an onnagata (female) role.

This delicate, gently humorous dance piece shows a young maiden first in love and then broken-hearted by betrayal. The lyrics make use of elaborate puns explained by a running commentary and Ebizo's every movement is loaded with meaning. His control is astonishing, especially in the second part of the dance, where he must repeat a set of movements as though he were tipsy from sake. In Sadler's Wells's recreated kabukiza, with the intoxicating onstage accompaniment of the Nagauta Ensemble, he's a mesmerising sight.

But Ebizo really comes into his own in the second piece, Kasane, where he plays dashing scoundrel Yoemon. His lover Kasane (a brilliant Kamejiro Ichikawa II) has chased after him when he left her, apparently to commit suicide, to reveal that she's pregnant and beg him to stay with her. But a vengeful spirit intervenes, possessing and disfiguring the young woman. Now Yoemon kills Kasane ミ but her ghost isn't done with him.

The impact of this performance is breathtaking. The combination of the actors' graceful moves, beautiful frozen poses and extraordinary grimaces combine with their otherworldly, sing-song speech and the increasingly frenzied musical accompaniment to create an intensity that reaches Asia Extreme J-horror proportions by its end. Truly thrilling stuff.


同じ俳優が全く違う役割を演じる様子を見せるのが今回の演目選択の目的の一つなのかなあ、と思いました。

英語イヤホンガイドをしてる人の書いた、青い目で見た歌舞伎、とかいうような本を読んだ事があります。内容は忘れたけど著者プロフィールに「目は茶色」って書いてあったのだけ妙におぼえてます。検索したけどみつからないや。
ところで、歌舞伎座のイヤホンガイドのパンフはいつでももらえます。
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by urasimaru | 2006-06-07 11:09 | 2006海老蔵藤娘関係 | Comments(0)

保護者によるkabukiの評判。

Kabuki
Sadlerの井戸、ロンドン
Judith Mackrell
木曜日2006年6月1日
保護者

kabukiの高尚な世界では、少し行為は入ることができる長い方法。 名誉を汚された武士は完全な時間彼が彼自身を殺すことにする前に苦しむことができる; 愛の女性がファンの欺くなびきのだけ彼女の情熱、か着物の袖のswishを宣言するかもしれない間。

けれどもkabukiの400年古いレパートリーのある仕事は時代のメロドラマだった。 Kasaneでは、井戸の2つの古典の1つは事実しか直面しなければ彼女が彼が殺した彼女の継父の幻影によって所有されているようになると同時に彼の若い主婦は彼の非嫡出の娘であるがならなかったり、一方ではという彼女の殺人的な攻撃を回避しなければならない英雄との血そして性の犯罪で、戯曲、浸される。

ぐーぐるにくっついくてる訳文でした。
原文。
Kabuki

Sadler's Wells, London

Judith Mackrell
Thursday June 1, 2006
The Guardian

In the rarefied world of kabuki, a little action can go a long way. A dishonoured samurai can agonise for a full hour before he decides to kill himself; while a woman in love might declare her passion only with the beguiling flutter of a fan, or the swish of a kimono sleeve.

Yet some works in kabuki's 400-year-old repertory were the soap operas of their era. In Kasane, one of two classics at the Wells, the drama is steeped in blood and sexual transgression, with a hero who not only has to confront the fact that his young mistress is his illegitimate daughter, but then has to fend off her murderous attacks as she becomes possessed by the ghost of her stepfather, whom he had killed.

エキサイト翻訳してみました。
歌舞伎の高遠な世界では、少しの動作がはるばる行くことができます。 自殺すると決める前に名誉を奪われたさむらいはまる1時間苦悶することができます; 愛での女性は、彼女がファンの魅惑的なはためきに伴う情熱、またはキモノ・スリーブのシューッであると宣言するかもしれませんが。

しかし、歌舞伎の400年もののレパートリー制のいくつかの作品が彼らの時代のホームドラマでした。 Kasane、ウェルズの2つの古典の1つでは、ドラマは血液と性的な違反で浸されます、彼が殺した彼女の継父の幽霊によって所有されていて、彼女がなるとき彼の若い愛人が彼の非嫡出の娘であるという事実に立ち向かうだけでよいのではなく、彼女の殺人を引きおこした攻撃を防がなければならない英雄と共に。

urasimaru訳(?)
歌舞伎の様式化された演技は時に難解である。
が、現代における昼メロみたいな感覚で見られた作品もあった。
累のあらすじ。

少ないスペースだとそんなもんですかね。舞踊は西洋舞踊と全く違うので、批評しづらいかな。
面白い記事があったら教えて下さい。
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by urasimaru | 2006-06-05 12:33 | 2006海老蔵藤娘関係 | Comments(4)

HISに行って…浴衣を

今日は病院を四軒はしご。
ひえー。
間一髪で午前の部が終ってる。
病院って昼休みが長いので、午後の診察時間まで暇をつぶさなくては。

その間に、HISに行ってロンドンとアムスの航空券の値段を調べる。
ワールドカップだから高いんだと?

スーパーで580円の帽子を買って、オオクワガタの生体売ってるのにビックリして、
餃子喰ってぶらぶらしてたら、なんか素敵なものが。

着物屋さんだよ。
斧琴菊模様の浴衣とかあって、ついふらふらと入り…
浴衣だけだったらつい買いそうだったんだけど、
着物は単体では着られないで、散々「これはなんですか」とか言って、単衣と袷の違いとか分かってびっくり〜とかして、
手ぶらで出て来た。

欧州には魂の一部だけ行ってます。
いろんなものに興味が出て来たのは良い事です。


これでがまんしよう
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by urasimaru | 2006-06-02 18:23 | 2006海老蔵藤娘関係 | Comments(0)

誰か止めて〜(って背中押す人しかいなそう)

もうロンドン公演はじまってるんだよねー。
だれかレビュー書いてないか検索。。。って、気が早過ぎ。
あれ、アムステルダムでもやるの?
e0043465_12323170.jpg

       ばーん。たんとうチューリップまつり。
>アムステルダムは6月15日から18日までスタッツスハウブルグ劇場で同国最大の芸術祭「オランダフェスティバル」に参加。市川団十郎も同行する。
って。。。パパも行くんだ!

今からでもぜんぜんまにあうじゃん。

アムス、いいとこだったもんなあ。降りてないけど。

翼が欲しい、羽が欲しい、飛んで行きたい…チャイナエアライン¥64,800〜
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。
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by urasimaru | 2006-06-01 12:02 | 2006海老蔵藤娘関係 | Comments(5)