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たまてぼっくす

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<   2011年 10月 ( 25 )   > この月の画像一覧

レッドシャンクス

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by urasimaru | 2011-10-30 23:32 | | Comments(0)

サクセスブロッケン

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3Rの前にぐるっと一周していきました
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by urasimaru | 2011-10-30 23:25 | | Comments(0)

メイショウベルーガ

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by urasimaru | 2011-10-30 23:24 | | Comments(2)

プロトリューション

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by urasimaru | 2011-10-30 23:18 | | Comments(0)

「開幕驚奇復讐譚(かいまくきょうき あだうちものがたり)」

やっと国立劇場に行ってきました。馬琴の小説をもとにした新作なんですねー。
筋書きを見なくてもよくわかりました。
今回の筋書きは特集記事が多いんであとで読むのを楽しみます。
菊五郎劇団と国立劇場がやってきたことの意味合いとかを感じました。

これでようやく感想ブログが読めます♪
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by urasimaru | 2011-10-26 19:20 | 歌舞伎 みた | Comments(0)

三冠馬

24(月)午後10時55分からのNHKのテレビ番組「アスリートの魂」で「競馬 オルフェーヴルと池添謙一」が放映されます

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中央競馬クラシック三冠とは中央競馬においてイギリスを模範として創設された。
皐月賞(2000ギニー相当 芝2000m。通常中山競馬場で行われるが、今年は震災のため東京競馬場だった)
東京優駿(副称「日本ダービー」、エプソムダービー相当 東京競馬場の芝2400m)
菊花賞(セントレジャーステークス相当 京都競馬場の芝3000m)
の3競走を指す。単に三冠競走とも称する。三冠達成馬は、以下の7頭である。
セントライト(1941年)
シンザン(1964年)
ミスターシービー(1983年)
シンボリルドルフ(1984年)
ナリタブライアン(1994年)
ディープインパクト(2005年)
オルフェーヴル(2011年)

20世紀初頭まではダービーを制する早熟性と長距離を走破するスタミナを併せ持つ馬が最上のサラブレッドとされ、英国クラシック最古のレースであるセントレジャーステークスはクラシックレースの中でも最高の権威を誇っていたが、近年は競馬のスピード化に加え特に1970年にニジンスキーが三冠馬となったものの次走凱旋門賞で敗れ「セントレジャーに出たため凱旋門賞に敗れた」という論評があり、3歳有力馬の多くは凱旋門賞に向かうようになったため(凱旋門賞は古馬に比べて三歳馬の斤量が有利で、賞金も高い)、三冠の権威が失墜、もう本家では三冠馬は誕生しないと私は思う。
クラシック三冠競走は「3歳馬限定レース」なので、出走する機会は一生に一度だけ、当然三冠馬になれるチャンスも一生に一度だけである。
最近では皐月賞ではなくNHKマイルカップ(1600m)から日本ダービーに出走したり、菊花賞ではなく天皇賞(秋、2000m)に出走する3歳馬などの「変則三冠」が増える傾向にあり、長距離レースが衰退している(と私は思うよ)ため、三冠馬が生まれる可能性はだんだん少なくなっていくかもしれない、なんて思います。。
なおクラシック競走は種牡馬や繁殖牝馬の価値を高めるための選定競走と位置づけられているので、去勢された騸馬が出走できない。(牝馬は2キロ減の負担重量で出走できるが、牝馬限定のクラシックレースに出ることが多い)
なーんて切りばりで思わず解説してしまいました。
私はミスターシービーの年に競馬を見始め、ナリタブライアンの有馬記念を現地で見たのが自慢ですが、淀の競馬場には行ったことがありません。今日空撮でみたら、川の中州みたいなところにあるんですねー、淀。
おめでとうオルフェーヴル!
来年は凱旋門賞の応援とか(ちなみにエルコンドルパサーの時ロンシャンにいました)いきたいかも♪
ドバイでもお父さんに続いて勝ってほしい(ちなみにお父さんの優勝カップ、アグネスデジタルの応援に行ったときにナドアルシバで見ました)人生何があるかわかんないですよ。
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by urasimaru | 2011-10-23 22:56 | | Comments(2)

フジバカマ

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秋の七草のひとつです。へー、こういうのか。
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by urasimaru | 2011-10-21 20:55 | 花 写真 | Comments(0)

ホトトギス

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by urasimaru | 2011-10-20 19:07 | 花 写真 | Comments(2)

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by urasimaru | 2011-10-19 22:04 | 写真 | Comments(0)

新橋演舞場 芸術祭十月花形歌舞伎 昼の部

一、義賢最期
前見たときは立ち回りばっかり見てた感じだったけど、今回はこれが「実盛物語」につながるのねーなるほどーって気持ちが強かった。でも、アドレナリン出まくって汗かいた。最期水飲めてよかったねーって思うよ。

二、京人形
来年の澤瀉屋の襲名で思ったことは、笑也の将来の心配をしなくてすむってことだった。一門の中で、猿之助がいないとなーって一番思う存在だったので、今月の活躍がとっても嬉しい。好きなんだな。透明感あふれる存在感がお人形にぴったり。右近にもプチ猿之助じゃなくていい自由さを感じた(用人喜内、よかった。あんなしょぼく見えるようにもなれるのねー)

三、江戸ッ子繁昌記
私は一心太助を存じないので…なんかどういうノリで見たらいいのかわかんなくて困ったって感じ。あと、身体的に肩がはってきてしまったので、あと30分短くしてほしかった。獅童は「将軍の格好をした太助」とか「魚屋の格好をした家光」はらしくみえるんだけど、それ以前の本人がまだ「らしく」ないので、がんがれ。
柳生チームの人たちのさじ加減が面白かった。もうちょっと体調のいい時に見たかった。

今月、やっぱ下の階で見たかったなー。

 源平布引滝
一、義賢最期(よしかたさいご)
 平家全盛の時代。源義朝が敗死した後、平家方に味方した弟の木曽義賢は病で館に引き籠っていました。その館に、百姓九郎助が娘の小万とあらわれ、小万の夫である奴折平の暇乞いを願い出ます。しかし、今では娘の待宵姫と恋仲となっている折平を源氏の武将多田蔵人と見抜いていた義賢は、源氏再興の志を明かします。そこへ、平清盛の使者が白旗詮議にあらわれ、潔白ならば義朝の髑髏を足で踏むよう迫ります。耐えかねた義賢は使者を成敗。平家方の軍勢が館を取り囲む中、死を覚悟した義賢は、懐妊中の妻葵御前と九郎助親子に白旗を託すと、軍勢を相手に奮戦し、壮絶な最期を遂げるのでした。
 愛之助が魅せる仏倒しなどの凄愴な迫力の立廻りが見どころの義太夫狂言の名作にご期待下さい。


  銘作左小刀
二、京人形(きょうにんぎょう)
 名匠左甚五郎は、廓で見初めた太夫が忘れられず、太夫に生き写しの人形を彫り上げます。太夫を身請けした気で人形を相手に酒を飲み始めると、不思議なことに人形が動き出します。人形はその美しい姿に似ず、男のように動くので、甚五郎が鏡を人形の懐に入れると、たちまち生きた太夫のごとく女らしくなり、喜んだ甚五郎は人形を相手に太夫を見初めた日の様子を語ります。そこへ、家で匿っていた主家の息女井筒姫に追手たちが迫りますが、甚五郎は右腕を斬りつけられたにもかかわらず、左手一本で追手を追い散らすのでした。
 日光東照宮の眠り猫で有名な名匠左甚五郎を主人公にした舞踊劇を、右近の甚五郎、笑也の京人形の精でお楽しみ下さい。


三、江戸ッ子繁昌記(えどっこはんじょうき)
  御存知 一心太助
 三代将軍徳川家光の時代。魚屋一心太助は、新婚のお仲と周囲が羨むほどの仲睦まじさ。魚河岸に出かけた太助は、近頃仲買に入った丹波屋の横暴ぶりに怒りを感じ大乱闘に。一方、江戸城中では、鳥居甲斐守によって家光を殺して忠長公を四代将軍にする陰謀が企てられています。家光を守護する大久保彦左衛門は、太助が家光に瓜二つなことから、替え玉にすることを思いつきます。太助が将軍家光として江戸城に、家光が魚屋となり太助の家に入ります。二人は戸惑いながらも入れ替わった相手を演じていましたが、鳥居甲斐守にそのことを悟られてしまいます。とうとう家光に悪人方の魔手が迫り...。
 義理人情に厚い江戸の人々を生き生きと描いた、お馴染みの一心太助の物語。叔父萬屋錦之介の当り役である太助と家光の二役を獅童が勤めます。

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by urasimaru | 2011-10-17 19:18 | 歌舞伎 みた | Comments(0)